お気に入りの本を何度も読むのが好きです。中でも、エッセイスト・料理家の寿木(すずき)けいさんの著書を、折にふれて読み返しています。読むときの心情によって心に留まる箇所が異なり、毎回新鮮です。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
寿木さんは富山県のご出身。東京の大学を卒業後、出版社に勤務する傍ら執筆活動を始め、自身の暮らしや女性の生き方にフォーカスしたエッセイや生活の中で培ってきた料理のレシピ本を出版されています。
X(旧ツイッター)「きょうの140字ごはん」の持ち主です。2022年に山梨県へ移住、昨秋に築130年の古民家を改装した住居兼ゲストハウス「遠矢山房(とおやさんぼう)」のオーナーとしての活動も開始されています。
私にとっての"自立"とは
私が寿木さんを初めて知ったのは2020年初夏、『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』を読んだことがきっかけです。SNSで本の装丁の艶やかなオムレツの写真が目に留まり、「きほんの10品」というワードに惹かれて本を購入しました。"簡単に手に入る素材で基本30分で作れる"をテーマに厳選された10タイプのレシピとそのバリエーションの数々。
まごわやさしいを基本にアレンジされたシンプル且つ栄養と美味しさを考え抜いた料理、休日に作る遊び心満載の品々に完全に心と胃袋を掴まれていました。
自分がいれば大丈夫。そう思えることが、一番の自立でなくて何だろうか。
『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』より
上記は巻末のエッセイにあった文章。
家事、育児、仕事、どこにも分類できないタスクー案外これが一番多いー、常に何かに追われて気持ちが置いてきぼりにされるような焦燥感にかられるときは、いつもこの言葉を思い出しています。
最初に本を読んだ当時の私は、2018年に出産、2019年に復職、ようやく1年が経って育児・仕事・家事の並行に慣れてきたと思った矢先の新型コロナウイルスの蔓延。自分の力ではどうしようもない出来事の連続に、足元がぐらぐらするような思いで毎日を過ごしていました。
不安と空虚がないまぜになったような心情の中、寿木さんの言葉が頭にすっと入ってきたのを覚えています。自分がいれば大丈夫、だなんて考えたこともなかったのだと思います。以来、私にとって自立とはどういう状態のことだろう?と考えるようになりました。
「自立している」とは、時に色々な意味を含みますが、今の私にとって一番しっくりくるのは、
"自分の頭で考えて、手(体)を動かせる状態"のことです。
当たり前のようで、言語化してみるとけっこう深い真理だと思っています。暮らしでいえば、例えば朝何時に起きるか、何を食べるか、何を着て出掛けるか、趣味だったらどんな本を読むか、どんな音楽を聴くか、どこに旅行に行くか...etc。毎日大なり小なり選択の連続です。
でも、意識的/無意識的どちらにしてもいかに自分が心地よく過ごせるかに選択のベクトルは向いているはず。私の場合、日々の中で掴んだ習慣があって、生活が程よく快適だったら「よし、大丈夫!」と思える、それが自己肯定感に繋がっている気がしています。小さな自立の積み重ねが私の暮らしを作っている、そんな気づきをくれた一冊でした。
寿木さんの料理のレシピは美味しいはもちろん、常に自分の裁量を図り無理なく作れるかどうかが考え抜かれているので、どれも説得力のある品ばかりです。これはどこで手に入るの?という材料を使わないところも、時短・簡単命の私には響くものでした。
一食くらい抜いても、いつでも泣いていい
2021年冬に出版された『泣いてちゃごはんに遅れるよ』では、日々の暮らしと、自身と周囲の人たちの生き方を多面的に捉えた25のエッセイが綴られています。頑張ろう!と明確に励ます言葉は書かれていませんが、自分なりのやり方で人生を肯定する人たちの正直な姿が描かれているので、読み返す度に自然と心に火が灯りニュートラルな気持ちになります。
「こっちかな」「いや、違う。あっちだな」
ー やりたいこと、できること、私にしかできないことのどれかを、そして、できれば三つとも満たすものを、いつも探している。
作中、「木陰の贈り物」より
日々模索し、悩み、自問を続ける寿木さんの姿は、表紙の絵画「遠矢」に描かれた女性と重なって、未来の自分へ向かって矢を放っているかのよう。
(「遠矢」丹羽阿樹子氏画 京都市京セラ美術館所蔵 )
どのエッセイも着眼点と解釈には、論理的な冷静さとそれでいて温かく背中をさするようなメッセージを感じます。地に足をつけて、時に潔く、己の裁量を知って、努力と挑戦を惜しまない、読み返す度に寿木さんのお人柄に触れるようで大好きな一冊です。
ちなみに、題名の「ごはんに遅れるよ」は食べるのが遅れるではなく、支度が遅れるの意味合いです。
-Don't Cry, You'll be Late to Cook.- 表紙下部
誰の言葉なのかは、ぜひ本で読んでみてください。
私は一食くらい(いや、一日か)作ること、食べることを放棄したって、いつでも泣ける精神でいられることが、私自身への労りかもしれません。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
アクセルを踏み続けてどこに向かっているのかよく分からなくなったり、ふいにブレーキを踏んだまま動けなくなったり、そんな日常の中でどうやってニュートラルな自分に戻ってくるか。慣れ親しんだ本を読み返すのが、私にとっては深呼吸のような習慣のひとつです。