しばらく映画館から足が遠のいていた私を再び映画の魔法にかけてくれた作品「ハムネット」を紹介させてください。

重い腰を上げて映画館へ向かったのは、先週末のこと。当初は友人とライアン・ゴズリング主演の「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を観る予定でした。ところが、前日に予約サイトにアクセスすると、チケットはすでにソールドアウト。公開から数週間経っているのになんで?!

その日は名探偵コナンの新作の公開初週の週末でした。都内(おそらく日本全国?)のシネコンのスクリーンをコナンがジャックしていたのです。どのスクリーンのどの時間帯もほぼすべての回にコナンが上映され、コナン以外の映画は1日1~2回上映に留められていました。

日本橋のTOHOシネマのコンセッション前には物販棚が並び、映画を見終わった観客がショッピングに興じていました。なんじゃこれは。ファンにとっては恒例の祭りらしいのですが、久しぶりに劇場に来た中年には信じがたい光景でした。少年探偵、恐るべし。

話を戻します。お目当ての映画はチケットが売り切れのため、当日になって別の映画を探しました。コナン祭のおかげで選択肢は限られましたが、その中から「ハムネット」を選びました。今年のオスカーでジェシー・バックリーが主演女優賞を受賞していたことも知らずに「シェイクスピアの話だよね、よく知らないけど大丈夫かな」と内心不安を抱えながらおそるおそる観始めたのですがーー

開始15分ほどで、ジェシー・バックリーという女優、いや女性に魅了されていました。
劇中の彼女は神秘的かつ野生的なアグネスそのもので、一挙手一投足に嘘がない!
16世紀、イギリスに生きた1人の女性のリアルな情動に心を振るわされました。
ウィリアムを演じたポール・メスカルとジェシーは、存在そのものが純粋で美しい。

監督のクロエ・ジャオは2人のことを「自分を偽らない俳優」と評します。
「本性を隠そうとする俳優が多い中、素顔で挑む俳優だ」と。
ジェシーとポールのリアルさは、そういうところから来ているのでしょう。

役者の演技以外にも見どころはたくさんありました。観客の没入感を損なわない衣装や美術のリアルさ、美しさ。「ゴッホ 最期の手紙」や「関心領域」で知られる撮影監督のウカシュ・ジャルの考え抜かれた映像。マックス・リヒターの音楽も秀逸でした。

公開されて間もないのでストーリーは省きますが、本作は愛と喪失の物語であり、シェイクスピアの代表作「ハムレット」の想像上の創作秘話でもあります。原作は北アイルランドの小説家マギー・オファーレルの同名小説。(ちなみにジェシーとポールもアイルランド出身です。)文豪シェイクスピアの視点ではなく、妻アグネスの視点で語られているので、シェイクスピアに一切興味がない人でも楽しめる作品です。(むしろ私のようにシェイクスピアにまつわる史実を知らないほうが楽しめる作品ではないかと思いました)

ああ、久しぶりに観る映画がSF大作でなくてよかった…

映画が作り物であることは百も承知ですが、私が求めているのは“人の手による作り物”なのだと改めて実感しました。また映画館に通おうと思わせてくれた「ハムネット」をたくさんの女性に観てもらいたいです。