こんにちは。Midoriです。

最近ブログを書くようになって、ふと考えることがあります。 「いまや文章もAIがパパッと書いてくれる時代だけど、AIで『よいブログ』って書けるんだろうか?」ということです。

実は私自身、記事の構成やアイデア出しでAI(Geminiなど)に相談することがあります。 論理的に情報を整理してくれたり、読みやすい文章の骨組みを作ってくれたりするスピードは本当に圧倒的。自分の頭の中にあるモヤモヤを「つまりこういうこと?」と構造化してくれる頼もしい相棒でもあります。

でも、AIが生成してくれた綺麗でスキのない文章をそのまま読んでみると、どこか「うーん、なんか違うな……」と首をひねってしまう瞬間があるのです。

理由を考えてみると、AIの書く文章はどこまでも「優等生」だから。 正論で、綺麗にまとまっていて、教科書通りの答えを出してくれる。けれどそこには、血の通った「人間の生の感情」や「生々しい体温」が乗っていません。

たとえば、 「義母の滞在で鍋の位置が変わって地味にイラッとしたこと」 「脂肪量とおへそ周りを毎朝測って、グラフの右下がりに悦に入る怪しい瞬間」 「失敗して肌がガッサガサになった朝の、あの青ざめる感じ」
こういった、一見無駄に見える日常の泥くささ、矛盾、人間らしい滑稽さや葛藤は、どれだけ技術が進んでもAI自らの体験として生み出すことはできません。

AIが得意なのは、知識やノウハウを「綺麗にまとめること」。 でも、読んだ人の心が動く「よいブログ」に必要なのは、完璧な正論ではなく「この記事を書いている『中の人』の息遣いや眼差し」なのだと気づきました。

AIは思考を加速させる「最高の壁打ち相手」としては100点満点。 けれど、最後に文章に命を吹き込み、自分の言葉で着地させるのは、やっぱり泥くさく生きている人間(私自身)の役目なんだなと感じています。

皆さんは、AIの文章と人間の文章の違い、どんなところに感じますか?



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※上記のブログはAI(Gemini)を使って書きました。

皆さん気付きましたでしょうか。

私見としては、やはり言いたいことは大体合っています。
今までの私と彼(Gemini)の膨大なやり取りと、幾つかの具体的なプロンプトが活かされていると思います。
さらに、私の過去のブログを読ませたおかげで、私の言葉づかいや考え方のくせも見事に再現され、まるで自分の分身のようです。

でもGemini本人も書いている通り、どこか違う、自分じゃないのです。

初心者としてブログを数本書いてみて、ブログを書く楽しさに気づきました。
それは、私の頭の中、体の中にあるモヤモヤや気付きをすべて外に出しきる、という快感です。

その為には、文章の構成はもちろん、文体のリズム、接続詞や語尾に至るすべての要素が、私の頭と体で納得したもの、これぞ私、というものでなければなりません。

自分が言わんとする表現が見つからないときは、Geminiにいくつか言い回しを相談しています。
そうして推敲を重ね、何度も読み返しては書き換え、自分の頭と体に完全に一致した文章が完成すると、私の中の黒いうずは消え去るのです。

私はこのためにブログを書いている、と言っても過言ではありません。
だから当分はこの方法で、Geminiを相棒にしながらも、自分のブログを生み出していこうと思っています。